まさふみの4コマ漫画集

まさふみの4コマ漫画集

4コマ漫画、日記、観た映画の感想などを投稿しています。自分にしか作れない記事を模索中です。

kindleで絵本を出版したよ

電子書籍kindle)で絵本を出版しました。

絵本制作と電子書籍の出版は、これが初めての体験でした。

今回は、私の絵本出版までの道のりを紹介したいと思います。

出版した絵本の紹介

1冊目「おもいやりのむら」


Amazon.co.jp: おもいやりのむら(ふしぎ絵本)

あらすじ:
1日ひとつずつモノが消えていく不思議な村がありました。その村に住む主人公のぷぷは、大切なモノを失う中で、本当に大切なモノに気が付きます。

2冊目「ゴーゴー vs ニンジャ ゆめのなかでおおあばれ」


Amazon.co.jp: ゴーゴー vs ニンジャ ゆめのなかでおおあばれ(ふしぎ絵本)

あらすじ:
動物たちの夢の中に、いたずらが大好きなニンジャがあらわれます。ニンジャのいたずらに困った動物たちは、街を守る正義のヒーロー「ゴーゴー」に助けを求めます。ゴーゴーは動物たちを助けるために、夢の中でニンジャに会いに行きますが...。果たして結末やいかに。ゴーゴーとニンジャが夢の中で大暴れします。

ちなみに、ゴーゴーの絵本は、2022/6/17(土)16:00〜2022/6/22(水) 15:59まで期間限定で、kindleにて無料で販売しています。 そして、このブログを書いている2022/6/18(日)現在、kindle絵本の無料本ランキングでなんと1位を獲得しています。みなさま、ありがとうございます。

ゴーゴーの絵本が1位をとったどーの図

絵本を作ろうと思ったきっかけ

31歳を迎えた私は、現在の仕事や自分の人生について、毎日ムラムラと思い悩む日々を送っていました。そんなとき、とある転職支援の施設で職業適性検査を受けてみたところ、私は「絵本作家に適性がある」ということがわかりました。

それから、絵本作家になるにはどうすれば良いのか、ネットで調べていたところ、絵本コンテストというものがあることを知りました。絵本コンテストで優秀な賞をとれば、絵本を出版することができ、絵本作家としてデビューできるというのです。そして、絵本コンテストはさまざまな企業や団体が主催しているものがあるのですが、その中から、募集締切までちょうど1ヶ月という、非常にタイミングの良いコンテストを見つけたのです。

募集要項にある絵本のページ数は、見開きで15ページ。「1日1ページずつ描いていけば、余裕で間に合うな」と思い、それから毎日コツコツとiPadで絵を描いていきました。実際は、1日1ページを仕上げるというのはハードであり、途中でだらけてしまう日もありましたが、なんとか応募締切日まで3日ほどを残して、絵本を完成させることができました。

しかし、ここで事件が起きます。

応募は紙に印刷して郵送することになっていたのですが、iPadで描いた絵をコンビニで印刷してみたところ、変な余白が挿入されてしまい、募集規約の絵のサイズを満たさなくなってしまったのです。このとき、膝から崩れ落ちんばかりのショックを受けた私は、応募締切日までの残りの日数でこの問題を修正する気力が湧いてこず、ここでやむなく絵本コンテストへの応募を諦めることにします。

しかししかし、ここで救いの神が降りてきます。

なかば死んだ魚のような目をながらネット検索をしていたところ、kindleで簡単に絵本を出版できるという記事が目に飛び込んできたのです。その瞬間、私は目の輝きを取り戻し、「わいは絵本作家になるんや!」と自分を奮い立たせ、kindleで絵本を出版することを決意したのです。

こうして私は、当初想定していたルートではないところから、絵本作家デビューを果たしたのでした。

絵本制作のここが大変だった

文章の言葉えらびで悩む悩む

もともと私は、趣味で4コマ漫画を描いていたこともあり、起承転結のストーリーを考えるのは、それほど苦ではありませんでした。しかし、絵本となると、4コマ漫画よりも文章量が多く、さらに子供にもわかりやすい文章を書く必要があります。そのため、ストーリーの大枠はすぐに決めることができたのですが、それをどうわかりやすく伝えるかという部分に多くの時間がかかりました。

※私の4コマ漫画はコチラ↓ stepup.hatenablog.com

例えば、「おもいやりのむら」という絵本は、ものが消えていくというストーリーで、消えるという言葉一つをとっても「きえる」「なくなる」「しょうめつする」など、さまざまな言い方があります。どれが一番わかりやすい表現なのだろう、どの言葉を選んだときが読んだ時のリズムが良くなるだろうなどと、色々と悩みました。

今でも、出版した作品を読み返してみると、「ここの表現は、こっちの方が良かったな」とか、「ここの文章は、少し長くて読みにくいな」とか思うことがあります。

英語版も作ろうとしたら...

実は、「おもいやりのむら」という絵本は、英語版も出版しています。


Amazon.co.jp: Thoughtful Village(Picture Book)

なぜ英語版を作ったかというと、最初に使っていた電子書籍作成ソフトが、英語にしか対応していなかったためです。なんじゃそりゃ。

私の英語レベルはTOEICで650点で、会話になると言葉がうまく出てこないというようなレベルでした。そのため、英語の文章は、DeepLという翻訳ソフトを使って、作成しました。

ここで一番頭を悩ませたのが、「おもいやり」という言葉をどう英語に翻訳するかということでした。

英語の辞書をみると、compassion、thoughtfulness、consideration、sympathyなどなど、さまざまな英語表現が存在します。そして、それぞれ微妙にニュアンスが異なります。最終的には、compassionとthoughtfulnessの2つで悩み、thoughtfulnessを使うことにしました。compassionは仏教で言うところの慈悲の心で、ポジティブでない事柄に対して、第3者からの視点で使われるとのことです。例えば、「苦しんでいる人に対して思いやりを持って接しましょう」など、同情や哀れみのニュアンスがある言葉です。thoughtfulnessは思慮深さや心遣いという意味で、ポジティブな場面や当事者間でも使われます。例えば、「あなたの思いやりに感謝します」など。

この絵本は、英語ネイティブの方に文章を添削してもらったわけではないので、もしかしたら誤訳が含まれるかもしれませんが、DeepLや英語辞書を使ってなんとか出版までこぎつけることができました。。

絵本出版までの流れ

ここからは、私と同じように絵本を出版したいという方に向けて、私が絵本出版までにやったことを、箇条書きで簡単に紹介したいと思います。

絵本制作編

  • テーマを決める
    • 絵本を通して伝えたいこと、共有したいこと
  • ページ数を決める
    • 見開きで1ページの絵本とするか、片面で1ページの絵本とするか
    • 全体のページ数
    • 起承転結にそれぞれ何ページ使うか
  • ストーリーを考える
    • 起承転結のストーリーを大まかに決める
    • 各ページにストーリーを割り振る
  • イメージ(絵)を決める
    • 登場人物の容姿
    • 世界観
      • 私は、世界の絶景の写真集を参考にイメージを膨らませました
    • 使用するペン
      • どういうタッチにするか(使用するペンで作品の印象が変わります)
  • 下絵を描く
    • 各ページに下絵を描いていく
  • ペン入れ、色塗りをする
  • 文章を入れる
    • 各ページに文章を入れていく
    • 何度も読み返し、文章を良くしていく
  • 巻頭や巻末に補足ページを入れる
    • 巻頭にキャラクター紹介を入れるなど
    • 巻末に自己紹介や絵本に込めた思いを書くなど

電子書籍出版編

kindle向けの電子書籍を作成する場合、kindle公式が提供している電子書籍作成ソフトを無料で使うことができます。

  • 電子書籍作成に使用するソフト
    • 英語の絵本を作る場合
      • Kindle Kids' Book Creator ←日本語非対応
        • ソフト内で文章を打ち込むことができます。ソフトで文章を打ち込むと、音声読み上げや文字拡大などの機能が使用できます。(ソフト内で日本語の文章を入力することができますが、kindleに登録する際にエラーが発生するので、実質日本語には対応していません。)
    • 日本語の絵本を作る場合
      • Kindle Comic Creator
        • ソフト内で文章を打ち込むことはできません。そのため、音声読み上げや文字拡大などの機能は使用できません。
        • 事前に絵の中に直接文章を書いておく必要があります。
  • kindle direct publishingに絵本データをアップロード
    • 絵本データができたら、kindleのサイトにデータをアップロードします。
    • サイト内で、絵本のタイトルや説明文、価格設定などを行い、出版します。
    • サイト内で、著者ページを作成することもできます。

まとめ

今回、初めて絵本を出版してみて、出来上がりをkindleのアプリで読んでみると、「これで私も絵本作家として一歩を踏み出せたのか」と感慨深い気持ちになりました。昔から何か本を出版してみたいと思っていましたが、こんなに簡単に本を出版できるのかと驚きました(電子書籍ではありますが)。

絵本を作っている時間は楽しく、これからもライフワークとして絵本を作っていきたいなと思いました。 そして、私の絵本を手に取っていただいた方々、ありがとうございました。

私のAvril Lavigne史。

Avril Lavigne」って良いですよね〜。
今回は、私が「Avril Lavigne」を好きになったきっかけについて、語りたいと思います。

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Avril Lavigne に一耳惚れ

兄の影響で洋楽を聴き始めたという弟諸君は多いのではなかろうか?私もその一人だ。

私には1つ違いの兄がいる。私は中学生の時、兄が持っているMDを借りて音楽を聴くのが好きだった。「隣の芝は青く見える」とよく言うが、中学生の私には、兄が持っているものすべてがカッコよく見えていた。

兄のMDには、聴いたことのない洋楽の歌手がずらりとラインナップされていた。Good CharlotteSUM41Green Day、The Black Eyed PeasJason MrazMichelle Branchなどなど。

その中で、ひときわ心地よい音楽を奏でていたのが、Avril Lavigneだった。イントロを聴いた瞬間「これだ!」と感じた。一目惚れならぬ、一耳惚れだった。
Good Charlotteも好きだよ)

youtu.be

Avril Lavigne にハマった理由

中学生の時に、Avril Lavigneを好きになってからは、すでに発売されていた1stアルバム「Let Go」と2ndアルバム「Under My Skin」を何度も何度も繰り返し聴いていた。

正直、歌詞の意味はほとんど理解していなかったが、そのメロディと歌声に心を奪われた。

他のアーティストのアルバムを聴くと、この曲はあまりしっくりこないなとか、メロディが微妙だなとか、そういう違和感を感じることがあるけど、Avril Lavigneの曲にはどれを聴いてもそれがなかった。

Avril Lavigneとは何か、音楽のフィーリングが合うのかもしれない。

Avril Lavigneの曲じゃなくても、Avrilが歌うと雰囲気が変わる。Avrilが歌ったBob Dylanの名曲「Knockin' on Heaven's Door」はお気に入りだ。

youtu.be

Avril Lavigneに初体験を捧ぐ

私は、高校2年生になるまで自分でCDを買ったことがなかった。いつも、兄から借りるか、レンタルで借りるかのどちらかだった。

私が高校2年生の時、Avril Lavigneの3rdアルバム「The Best Damn Thing」が発売された。洋楽のアルバムは、発売から1年間はレンタル禁止なのが一般的なので、私は「1年も待てん!早くAvril Lavigneの曲を聞きたい!」という衝動に駆られ、人生で初めてのCDを購入した。Avrilに私の初体験を捧げたのだ。

たしか、Avril Lavigneが結婚した後に発売されたアルバムで、これまでとは少し雰囲気が変わり、明るいハッピーな曲調の楽曲が多かった印象がある。

ちなみに、私は高校生になって自分のケータイを持つようになり、待ち受け画像はAvril Lavigneにしていた。Avril Lavigneが可愛かったからとかそういうのもあったかもしれないけど、ただAvril Lavigneの曲が好きだったからだ。

それから

高校卒業後、しばらくAvril Lavigneを聴いていなかった。 浪人時代にB'zの魅力に気付いてしまったからだ。

だが最近、本屋さんで「あっ、この曲いいな」と感じる曲が流れていた。初めて聴く曲だった。それはAvril Lavigneの曲だった。

年齢を重ねても、Avril Lavigneの曲が好きな感覚は変わっていないんだなと思った。

Avril Lavigne は1stアルバムをリリースしてから今年で20年が経つ。そしてAvril Lavigneのニューアルバム「Love Sux」が今年の2月に発売された。Avril Lavigne がもう一度原点に立ち戻って作成したアルバムで、最高傑作とも言われている。

これからもAvril Lavigneの音楽を追っていきたい。

「B'z愛」を語る~B’zと走り抜けた日々/RUN~

実は私は「B'zファン」です。
今回は、私がB'zと走り抜けた思い出の日々を紹介しながら、私の「B'z愛」を語りたいと思います。

B'z
B'z

B'zに恋した浪人時代

2009年。大学受験に失敗した18歳の私は、福岡市内のとある予備校に通っていた。

この予備校には、私の中学時代の友達も何人か通っていた。私がB'zを好きになったのは、この中の友達の1人がB'zを好きだったことが影響している。

(この友達を、以後、Fと記す)


Fはバスケが好きな男だった。中学時代の彼は、漫画「スラムダンク」の三井に憧れ、休み時間になるとよくエアーシュートを放っていた。

(ただし、Fは野球部だった)

エアーシュートを放つF
エアーシュートを放つF

浪人していた当時、山P主演のドラマ「ブザービート」がTVで放送されていた。バスケを題材にしたドラマで、その主題歌にB'zの「イチブトゼンブ」が使われていた。

バスケ好きのFは、そのドラマの影響でB'zを聴くようになったらしい。


予備校からの帰り道で、Fはいつも、エアーシュートを放ちながら「イチブトゼンブ」を口ずさんでいた。時にはシャウトしていた。Fが歌うB'zを何度も聴いているうちに、私もB'zを好きになった。


B'zを好きになってから、私は毎日のようにB'zを聴いていた。勉強に疲れてヘトヘトになった日も、勉強のストレスで尿管結石になった日も、センター試験当日の朝もB'zを聴いていた。これはもはや、B'zと付き合っていたと言っても過言ではない。

そして、B'zのパワフルな楽曲にパワーをもらった甲斐もあってか、私は第一志望の大学に合格することができた。あのとき、B’zの魅力を教えてくれたFには感謝している。

「イチブトゼンブ」の好きな歌詞

すべて何かのイチブってことに 僕らは気づかない
愛しい理由を見つけたのなら もう失わないで(oh, you're the one)
愛しぬけるポイントがひとつありゃいいのに
それだけでいいのに

B'zのLIVE-GYMにようこそ!!!

2010年。大学に入学した私は、親にMacBookを買ってもらった。そして、一人暮らしを始めた。この一人暮らしという環境とMacBookが、私のB'z好きに、さらに拍車をかけることになる。


一人暮らしになると、家に話し相手がいないので、寂しい時間が増えた。一人の寂しさを紛らわすため、私はMacBookYouTubeを見ることにした。そして、このYouTubeで、B'zの「LIVE-GYM」に出会ってしまう。

(「LIVE-GYM」とは、B'zのLIVEコンサートの名称だ)


私が初めて見たB'zのLIVE映像は、『B’z LIVE-GYM The Final Pleasure “IT’S SHOWTIME!!”』渚園公演での太陽のKomachi Angelである。

この楽曲は、降りしきる雨の中、稲葉さんの軽快な手拍子から始まる。そして、リズミカルな音楽に合わせてノリノリで歌う稲葉さんは、悪魔的にカッコよかった。

「太陽のKomachi Angel」に衝撃を受ける
太陽のKomachi Angel」に衝撃を受ける

(ただ、このころはまだ松本さんの演奏の凄さには気づいていなかった)


これがきっかけで、いろいろなLIVE映像をYouTubeで見た。

楽曲だけでは満足できず、「B'zの...B'zの...B'zのLIVE-GYMにようこそー--!!!」のシーンだけ切り抜いた動画を、何度も何度もリピートしていた時期もあった。

(B'zのLIVE-GYMでは、オープニングで稲葉さんが「B’zLIVE-GYMにようこそ!」と言うのがお決まりである)


こうして私は、B'zのLIVE-GYMにどっぷりとはまり込んでしまったのである。

太陽のKomachi Angel」の好きな歌詞

あの娘は 太陽のKomachi Angel
やや乱れて Yo! say, yeah, yeah!
いざ今宵酔わん I love you, my Angel
理屈抜きで Now we can say yeah, yeah!

B'zをたずねて三千里

YouTube上にあるB'zのLIVE-GYMを見つくした後、私は、まだ知らないB'zが沢山いることを知り、昔の楽曲もちゃんと聴いてみたくなった。しかし、あまりお金を持っていなかった私は、

  • なるべくお金をかけないでB'zを聴きたい。
  • でもレンタルで借りるのは嫌だ。
  • B'zと共に過ごしたという証を形に残したい。

という思いから、各地の中古ショップを巡って、B'zのアルバムをすべて買い集めることを決意した。


当時の最新のアルバムは2009年発売のMAGICで、このアルバムが17作目だった。しかし、私が集める対象としたのはこの17作品だけではない。ミニアルバムやベスト盤にしか入っていない楽曲もあったので、それらのアルバムも集める対象とした。


いろいろな中古ショップを巡ってB'zのアルバムを探す旅は楽しかった。原付で福岡各地いろいろなところに行った。10作品をセットで1000円ほどで販売しているショップを見つけたときは、思わず店内を見渡し、ドッキリじゃないかと疑ったこともあった。

10枚で1000円だと!?
10枚で1000円だと!?

そうこうして、1年くらいかけてB'zのアルバムを探し求め、ファーストアルバム以外はすべて買い集めることができた。

(いまだに、ファーストアルバムだけは持っていないが、1作目だけ持っていないというのも乙な感じがして、このまま購入しないのもありな気がしている)


この頃よく聴いていた曲は「ALONE」という曲だった。最初聴いたときは、あまりこの曲の良さがわからなかったが、するめを噛むように、何度も何度も聴いていると、いつのまにか大好きな曲になった。


B'zの曲は、何度も聴けば聴くほど耳になじむ曲が多い。最初は気づかなかった音の重なり、コーラス、歌詞の意味、メロディの心地よさ、などなど、聴けば聴くほどその良さが伝わってくるのだ。

「ALONE」の好きな歌詞

Alone 僕らはそれぞれの花を
抱いて生まれた 巡り逢うために
Alone 空を見上げればひとり
がむしゃらな 情熱がふわふわと笑うよ

I was born to fall in love
You know, we're all alone
Hold your dreams it never ends
Naked eyes in the sky

B'zについていくと誓った日

2011年。東日本大震災が起きた。私が大学1年の春休みの時だ。苦しんでいる方々に向け、いろんな著名人がメッセージを送っていた。そんなとき、B'zがMステ(歌番組)で「Brotherhood」という楽曲を演奏していた。この曲は新曲でもなんでもなく、何年も前に発表された楽曲だ。

「Brotherhood」にはこういう歌詞がある。「うまくいってるかい なかなか大変だよな全く こっちだって毎日くたくたになってる」。Mステでの演奏では、「こっちだって」の部分を「誰もが」に言い換えて歌われていた。その図らいに、「一人じゃないよ、みんなで助け合おう」というメッセージが込められているのを感じた。そして、「Brotherhood」の歌詞が、なんとも心強かった。


震災後のこのMステを見たとき、B'zを好きでよかったと思ったとともに、これからもついていこうと心に誓った。

Mステの「Brotherhood」にやられた私
Mステの「Brotherhood」にやられた私

「Brotherhood」の好きな歌詞

Brother 生きていくだけだよ
ためらうことなど何もないよ 今更
走れなきゃ 歩けばいいんだよ
道は違っても 一人きりじゃないんだ
Baby, we'll be alright

B'zと涙した就職活動

時は経ち2015年。大学院1年の春、就職活動が始まった。

私は大学院までずっと福岡で暮らしていた。これからもずっと福岡で生きていくんだろうなと思っていた私だったが、就職活動では東京の企業を受けていた。というのも、周りの学生がみな東京で就職活動をしていて、私はそれに流されてしまったのだ。

そして、自分のやりたいことが明確ではなかったので、面接では嘘で固めた志望動機を口から出まかせに言っていた。また、旅費を節約するために安いカプセルホテルに泊まり、酸欠になりながらも面接を受け、慣れない土地で心身ともに疲弊していた。


ある面接の帰り道、東京の人ごみに紛れて駅前を歩いていると、自然と目に涙が込み上げてきた。手ごたえのない面接と、自分は何をやっているんだろうという、言いようのない悔しさから、涙が込み上げてきたのだ。


その時、気持ちを落ち着かせるために聴いた曲が「泣いて 泣いて 泣きやんだら」という曲だった。

「まちがってないんだから 何を悔やむ? ぐっと噛みしめた口唇をほどいて」という歌詞を聴いて、「前を向いて生きよう」と勇気づけられた。

泣いて 泣いて 泣きやんだら
泣いて 泣いて 泣きやんだら

「泣いて 泣いて 泣きやんだら」の好きな歌詞

泣いて 泣いて またいつか泣きやんだら
小さな胸をはってもいいじゃないか
どうやったって 毎日は過ぎるし
くやしさ 少ないほうがいい

まちがってないんだから
何を悔やむ?
ぐっと噛みしめた口唇をほどいて

泣いて 泣いて またいつか泣きやんだら
僕に笑って見せてほしいんですけど
冗談言ってあげるよ ヘンなのを
悲しみ ちょっと 消えるなら

B'zと狂った夜の山道

就職活動を無事に終え、私は、大学院の研究に専念することになった。

(私は社会調査のような研究をしていた)

私は研究データを集めるため、とある集落に協力を依頼し、住民一人一人に対してアンケート調査を行うことにした。その集落は、自宅から車で3時間ほどのところにあり、辺りは山で囲まれていた。私は、たった一人で、集落の各世帯を一軒一軒回り、住民約60名に対してアンケート調査を実施した。


日中は仕事に出ている方も多く、住民が帰宅するのを待つために、たいていの時間は車の中で過ごした。多くの方は温かく調査に協力的だったが、私の説明が不十分だったこともあり、住民の中には私を不審に思う人もいた。そのため、住民から𠮟責を受けることもあった。

人の役に立ちたいと思って始めた研究なのに、いろいろな人に迷惑をかけており、私は心身ともに疲弊していた。

そんな中、私の折れそうな心を支えてくれたのがB'zだった。中でもよく聴いていたのが「衝動」という曲だ。今でもこの曲を聴くと、あの時の情景を思い出す。


数週間にも及ぶ調査を終えたときは、あたりはもう真っ暗だった。街灯のない山道を車で駆け下りる中、普段は大人しい私が、お腹の底から「衝動」をシャウトしていた。達成感や安堵感や開放感といった、いろいろな感情が混じり合い、変なテンションになっていたのだ。

「衝動」を狂い歌う人
「衝動」を狂い歌う人

「衝動」の好きな歌詞

誰もが 無限の可能性を
抱きしめて 生まれてきたんでしょう?ねえ

僕にも 誰かを 愛せると
その手を 重ねて 知らせて
希望とは 目の前にある道
どこかに行けると 信じよう
あなたのすべてが 僕の衝動

B'zと祝った誕生日

2016年。私は社会人になり、地元の福岡を離れ、上京していた。

私は、社会人になって初めての誕生日は、『B'z LIVE-GYM 2006 "MONSTER'S GARAGE"』の「Happy Birthday」のLIVE映像を見ながらお祝いすると決めていた。


6畳一間の壁の薄い社員寮で一人、「Happy Birthday」を見ながら誕生日を祝った。普段は閉塞感のあるその部屋が、その瞬間だけは、LIVE会場のような開放感に包まれた。

Happy birthday to me
Happy birthday to me

「Happy birthday」の好きな歌詞

Happy birthday happy birthday
Happy birthday オメデトウ
Happy birthday to you

Happy birthday happy birthday
Happy birthday アリガトウ
Happy birthday to you(今日はサイコー)

B'zと私と多摩川

上京してからというもの、私は毎日仕事でクタクタになり、心が削られる日々を送っていた。そんな中、B'zともう一つ、私の心の支えとなっていたのが多摩川だ。私の「多摩川愛」については、以下の記事を読んでほしい。

stepup.hatenablog.com

多摩川の心地よい風に包まれ、よく聴いていたのがB'zの「いつかまたここで」だ。いろいろと辛いことも経験したけれど、そのすべてがかけがえのない出来事なんだなと、多摩川の風景を見ながらよく物思いにふけっていた。

多摩川と
多摩川

「いつかまたここで」の好きな歌詞

知らず知らず 遠くまで来てしまったよ 旅立った日から
めぐり逢えた 数知れぬ人々の顔 消えない景色
何ひとつ欠けても 駄目なんだよ

今きみとともにいるこの場所が好き
生きてれば 会えるだろう
いつかまたここで いつかまたここで

B'zとの思い出はまだまだ続く

時にはB'zを聴きすぎて、もう聴きたくないと思ってしまうこともあった。B'zから離れて、別のアーティストばかり聴いている時期もあった。だけど、ふとした時にB'zを聴き返すと、B'zと共に過ごしたあの日々がよみがえる。そして、「やっぱりB'zが好きだ」と感じる。


これからもいろいろなことが人生で起こると思う。いろいろな人に迷惑をかけて生きてきた自分だけど、一歩ずつ踏みしめて、これからの人生を生きていきたいと思う。

最後は、「B'z LIVE-GYM Pleasure 2008 -GLORY DAYS-」の「RUN」での稲葉さんのMCとともに、このブログを締めくくることにする。

「B'z LIVE-GYM Pleasure 2008 -GLORY DAYS-」の「RUN」より
稲葉さんのMC

僕ら ずっといままで 走り続けることで
いろんな景色を 見せてもらってきました。
そしてそのドラマが ほんとに感動的で 愛しくて かけがえのないものです。
早くたってゆっくりだって とにかく走り続ければたどり着ける場所があるということ
教えてくれたのはみんななんだよ!!
そうやって今日たどり着いた この場所 ここ横浜で 今こうやって見てるこの景色
これはもうほんと最高です!
是非お互いこの瞬間を しっかり胸に焼き付けて また今度笑顔で会える日まで
ゆっくり走り続けましょうよね!
また会うんだぞ!
約束だぞ!!
今までみんなが僕たちにくれた すべての声援に心から感謝します!
どうもありがとう!!!
♪~

多摩川に癒された日々〜ALWAYS 3丁目の夕日〜

今回は、私の多摩川愛について語りたいと思います。
キンキンに冷えたカルピスでも飲みながら、ゆったりとした気持ちでお楽しみください。

多摩川に恋に落ちた日

私は25歳のとき、就職を機に上京してきた。地元は福岡市である。上京して最初の数年は、社員寮に住んでいた。その社員寮は、築50年を優に超えておりオンボロだった。部屋は6畳ほどで、隣室とを隔てる壁は薄かった。隣人がタンを吐き捨てる音やオナラが聞こえてくるのは日常茶飯事だった。また、部屋の中にタランチュラみたいに大きなクモが出たり、謎の虫に首元を刺されて大きな腫物ができたこともあった。こんな感じで、私の上京生活はスタートした。

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寮の自室にお風呂はなく、共用の大浴場があった。たまに仕事が早く終わって大浴場に直行すると、寮長が浴槽の中を裸でぐるぐると回っているのが常だった。浴槽のお湯の温度を均一にするためだ。寮長は、初代ジェームズ・ボンド役として有名な俳優ショーン・コネリーに激似だった。「お疲れさん!」という寮長の元気な声が懐かしい。一番風呂なのに、寮長の毛深い体毛が、浴槽の中に浮かんでいた。毎日、温かいお湯の中で1日の疲れを癒しながら、「何で東京に来ちゃったんだろう...」と思っていた。

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寮での生活にも慣れてきた頃、仕事では残業が続き、毎日クタクタになっていた。休みの日も寮の自室で勉強する日々を送っていた。特にこれと言ってやりたいこともなく、勉強するくらいしかやることがなかったからだ。

そんなある日、気分転換に何となしに寮の周りを散歩してみた。普段は、近くのスーパーと寮との間を行き来するだけだった。だがその日は、いつもと違う方向に歩いてみた。片道一車線の狭い道路を少し歩くと、信号の先に小さな階段が見えた。5段くらいの小さな階段だ。その先に何があるのかはわからなかったが、その階段を登ってみた。するとそこには、視界いっぱいに広がる自然があった。それが多摩川だった。まるで異世界に来てしまったかのような衝撃を受けた。さっきまで、灰色の建物と黒いアスファルトに囲まれていたのに、一瞬にして世界が切り替わったのを感じた。多摩川のその景色は、これまでに溜まっていた鬱憤を全て消し去った。「あぁ、この景色を見るために東京に出てきたんだ...」とそのとき思った。

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いろんな多摩川

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いろんな多摩川

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いろんな多摩川

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いろんな多摩川

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いろんな多摩川

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いろんな多摩川

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いろんな多摩川

多摩川に通じる原体験

子供の頃、夏休みになるとよくじいちゃん家に遊びに行った。

じいちゃん家の近くには、筑後川という大きな川が流れていた。小学生の頃、そこでじいちゃんと一緒に釣りをして遊んだ記憶がある。筑後川の河川敷で自然と戯れたあの時間は、福岡の都市部で暮らす僕にとって、特別な時間に感じられていた。だから多摩川に行くと、子供の頃のあの気持ちを思い出して、心が安らぐのかもしれない。

多摩川が好きな遺伝子

父親が昔パニック障害だった話を、大人になって聞かされた。僕が中学〜大学ぐらいの頃、パニックと付き合いながら会社に行っていたそうだ。電車や会議室など、区切られた狭い空間に入ると、パニック発作が起こるのだそうだ。僕もパニック発作とまでは行かないまでも、狭い空間に長時間いると、息苦しさを感じることがある。狭いところが苦手で、開放的な場所が好きという感覚は、父親からの遺伝なのかもしれない。

また、小学生の時、将来の夢をタイルに描かされることがあった。皆が、プロ野球選手、漫画家、Jリーガーなど、夢のある職業を描いている中、自分だけ「平和に暮らす(ピース)」と描いていた。何か特別にやりたいことがあるわけじゃないけど、毎日平和に、心安らかに、のんびりと生きられたら幸せだなぁと思って、これを描いた記憶がある。その気持ちは今も変わっておらず、僕は落ち着いた空間が好きなのかもしれない。だから多摩川のゆったりとした景色に心を奪われたのだと思う。

多摩川で見た奇人たち

多摩川の魅力は、自然豊かな景色だけではない。そこに生息する人たちもまた、多摩川の魅力なのだ。そこでいくつか、多摩川で見た奇人たちを紹介しよう。

ジャンベ叩き

アフリカの民族楽器にジャンベという太鼓のような楽器がある。そのジャンベを2時間くらい永遠と叩いている男がいた。観客は誰もいない。スーパーで買ったお寿司をつまんでいる私がいるだけだ。それなのに男は、ひとときも休むことなく一心不乱にジャンベを叩いていた

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ジャンベ叩き

フルフェイス爺さん

多摩川では、風が強い日がたびたびある。ある風の強い日、白いフルフェイスのヘルメットを被った爺さんが、土手を歩いていた。完全に風を遮断しようというその意志に、強く心を打たれた。だが、近くで見るとそれはヘルメットではなく、ヘアーだった。強い風の影響で、顔面に白い髪と髭が張り付き、フルフェイスのヘルメットのように見えていたのだった。

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フルフェイス爺さん

一輪車LOVER

多摩川では、サイクリングを楽しむ人が多い。そのサイクリングを楽しむ人たちの中に、ひときわ肩を揺らしながら駆け抜ける男がいた。それが一輪車にまたがる男、一輪車LOVERだ。トライスーツを身に纏い、全力で走るその姿は、周りに元気を振りまいていた。

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一輪車LOVER

日焼けMEN

夏が近づくと必ず、多摩川に日焼けMENが現れる。ある時は河川敷のベンチの上で寝そべり、ある時は全裸に近い状態で土手を走っている。たまに日焼け初心者の白い肌をした男も走っている。

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日焼けMEN

戦場バードウォッチマン

あるとき、戦場カメラマン渡部陽一のような身なりをした男が、草むらの中でバードウォッチングをしていた。完全に気配を消して被写体を写真に収めようとする姿に、サバンナで獲物を狙うライオンと同じ野生を感じた。

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戦場バードウォッチマン

おわりに

もし多摩川に出会っていなければ、今頃どうなっていただろうと思うことがある。多摩川は本当に素晴らしい場所だ。都会の中のオアシスだ。
みんなもぜひ、多摩川においで。
( ⌒ ͜ ⌒ )

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多摩川においで

stepup.hatenablog.com

元が〜まるちょば・ケッチさんの講演を聴いてきた

先日、多摩センターで開催された、日本語教育者向けの講演会に参加してきました。私は、日本語教育には全く携わったことのない人間ですが、一般の方も無料で参加できるとのことで、会場に足を運ばせていただきました。

講演者は、パントマイムなどのパフォーマーとして世界的にも有名な、元が〜まるちょばのケッチさんでした(赤モヒカンの方)。

が〜まるちょば
が〜まるちょば

今回はお話がメインでしたが、少しだけパフォーマンスも披露していただけました。「見えない壁」を手のひらで再現するパフォーマンスは、本当に壁がそこにあるかのようで凄まじかったです。
( ˘ω ˘ *)イイモノミレタ

講演では、ケッチさんが海外での活動を通して感じた、「コミュニケーションでの見えない壁」についてお話を聞くことができました。
今回はその中から、私が特に印象に残ったお話を紹介したいと思います。

が〜まるちょばのケッチさんってどんな人?

まず、ケッチさんについて簡単に紹介しますね。

ケッチさんは、2019年まで「が〜まるちょば」という2人組のパフォーマーとして、世界各地で活動をしてきました(現在はユニットを脱退して、ソロで活動をしています)。 これまでにパフォーマンスをした国はなんと39ヶ国!さらに、旅行などを合わせると54ヶ国に行った経験があるとのことでした。
Σ(゚Д゚)スゲェ!!

youtu.be

ケッチさんは、学生時代から外国語に興味があり英語などを学んでいたそうです。また、海外でパフォーマンスをしたいという夢があり、金銭面の心配もあったため、同時に日本語教師としても働けるよう、日本語教育に関する勉強もしていたそうです。そういうこともあり、今回の日本語教育者向けの講演会にて講演をされていました。


講演会で印象に残ったお話

講演会で特に印象に残ったのは、非言語コミュニケーションの良い面・悪い面についてのお話です。会場の観客を交えた簡単な実験もあり、非常に印象に残るお話でした。

非言語コミュニケーションの良い面とは

非言語コミュニケーションとは、言語以外で交わされるコミュニケーションのことです。その例としては、顔の表情から相手の感情を読み取ったり、声のトーンなどからその場の雰囲気を感じ取ったりと、様々なものがあります。

が〜まるちょばさんのパフォーマンスでは、言語は一切使わず、非言語コミュニケーションで、観客を魅了します。パフォーマンスの動画を見てもらってもわかるように、言語を使わなくても、多くのお客さんを笑顔にし、何かを伝えることができるんです。まさにそれが、非言語コミュニケーションの良い面です。

これは、伝え手側だけのメリットではなく、受け手側としても同様のメリットがあります。相手の目や表情、声など、非言語の部分に注意を向けると、伝え手の意図していることがわかると言うことです。


講演会では、非言語コミュニケーションだけで意思の疎通がどれだけ図れるかを実感してもらうため、観客を交えた実験が行われました。
どう言う実験かと言うと、

私が説明しましょう。
まず、観客の中から1人の実験参加者(以後Aさん)を選びます。Aさんにはステージ上に上がってもらい、ある正解の行動を予想してもらいます。正解の行動とは、例えば、「ステージ上に置いてある椅子に座る」とか「ステージ上にいるケッチさんと握手をする」などです。その正解の行動は、Aさんにだけ知らされておらず、観客にのみ知らされています。そして、観客の皆さんには、Aさんが正解の行動に近づけば近づくほど、大きな拍手をするように指示が出されています。Aさんは、観客の拍手を頼りに正解の行動までたどり着くことができるのか、と言う実験です。

実はこの実験、運良く私が「Aさん」に選ばれ、ステージの上でその実験を生体験させていただきました。
Σ(゚д゚;) ヌオォ!?

実際に体験してみて、自分だけ正解を知らされていない、そして、観客の皆さんからの視線が自分にだけ注がれているということは中々の恐怖でしたね。
(;^ω^)

実験の風景を紹介すると、まず私はステージ上をおそるおそるゆっくりと歩き、拍手の音が大きくなる方へ歩いて行きました。教卓に近づくと拍手の音が大きくなり、教卓を通り過ぎると拍手がなくなる。そのため、教卓に何かがあると、私は感じていました。実際に、私に隠されていた正解の行動は「教卓の上に置いてあるペットボトルを手で持ち上げる」ということだったのですが、なかなか正解に辿り着けず、教卓の周りをまわったり、教卓の下に隠れたり、教卓の前でバンザイをしたりしていました。
⁄(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄ハズカシ

ステージ上でバンザイする人の図
ステージ上でバンザイする人の図

何だ?何だ?と思いながら、教卓の上にあるペットボトルに手をかけた瞬間、会場に大きな拍手が鳴り響きました。このとき、正解に辿り着けたことを知り、すごくホッとしました。観客の皆さんは一言も言語は発していませんが、観客の皆さんの拍手の音、表情、会場の雰囲気など、非言語のものからでも何かを感じ取ることができると言うことを、身をもって体験することができました。
(*´ー`人)貴重ナ体験ヲアリガトウ

非言語コミュニケーションの悪い面とは

言語を使わなくても相手とコミュニケーションを図ることができるというのは、良い面ではありますが、そこには同時に、悪い面も存在しています。例えば、自分のちょっとした態度や表情でも、相手に悪い印象を与えてしまったり、と言うことがあります。

この非言語コミュニケーションの悪い面は、自分の記憶や先入観なども含めた意識の部分から発現してしまうことがあるのだそうです。 このことを証明するため、また別の実験をしていただきました(この実験は私は観客側でした)。
どういう実験かというと、

またまた私が説明しましょう。
まず、観客の中から7人の実験参加者を選びます。その7人には、このような指示が出されます。「自分達のことを、これから観客の前で演奏をするコーラス隊だと思って、ステージ上に上がってください」と。そしてここがこの実験の肝になる部分なのですが、ステージに上がる前に、コーラス隊の7人だけに、ケッチさんからある言葉がかけられます。コーラス隊の方々の振る舞いに影響を与えるような言葉です。観客の皆さんには、どんな言葉がコーラス隊にかけられたかは知らされていません。
この試行を2回行い、1回目と2回目で、コーラス隊には別々の言葉がかけられます。1回目と2回目にかけられた言葉の違いで、コーラス隊の振る舞いがどう変わるのか、観客がコーラス隊に対して受ける印象がどう変わるのか、と言う実験です。

※ちなみにこの実験は、ケッチさんが、キースジョンストンさんという方に教えてもらった実験だそうです。

急きょ作られたコーラス隊の図
急きょ作られたコーラス隊の図

1回目、2回目、それぞれの試行で、コーラス隊の振る舞いや、観客側が受けた印象がどう違ったかを紹介します。

まず、1回目の試行では、コーラス隊の方々は、どこかぎこちなく、表情も固く、不安そうな雰囲気でステージの上に上がって行きました。観客側としては、見ているこちらまで心配になるような、緊張感を感じました。まるでそこに「見えない壁」があるようでした。

次に、2回目の試行では、コーラス隊の方々は、少しリラックスしたような感じで、皆どこか嬉しそうな笑顔を浮かべて、ステージの上に上がって行きました。観客側としては、2回目のコーラス隊の方が、演奏を聴いてみたいというポジティブな印象を受けました。


この2つの試行が終わり、ケッチさんから観客の皆さんに質問がありました。「1回目と2回目で、コーラス隊にかけた言葉は何だったのか?」と。

観客からは、このような意見が出ていました。2回目は「笑顔でお願いします」とか「楽しそうにお願いします」というようなことを伝えたのではないか、と。

ただし、ケッチさんがコーラス隊にかけた言葉は全く違っていました。
それは、

  • 1回目は「今日の観客はめちゃくちゃ最悪です」
  • 2回目は「今日の観客はめちゃくちゃ最高です」

ということでした。

この正解を聞いたとき、「コーラス隊の方々の意識が少し違うだけで、こんなにもコーラス隊の方の振る舞いや受け手側の印象が変わるのか」と驚きました。
Σ(゚Д゚)オドロキ


私は以前、会社で外国の方と接する機会があったのですが、変にこちらが身構えてしまい、重たい空気が流れてしまったことがありました。その原因の一つには、「なんていったら良いんだろう、気まずい...」とか「言葉がわからない、どうしよう...」というような、後ろ向きな意識の影響があったんだなと反省しました。また、嫌われている人に会うとき、親しくない人に会うときなどなど、「変な印象を与えてしまったらどうしよう」とか、どこかネガティブな意識を持って相手に接していた自分がいたことを思い出しました。この実験を通して、このような後ろ向きな意識が、さらに良くない関係を作り出すと言うことに、改めて気付かされました。

講演会全体の感想

日本語教育者向けの講演会に初めて参加させていただき、普段は聞くことのできない貴重なお話を聞けて大変勉強になりました。

日本語教育は、これまではビジネス向けのものがメインだったそうですが、グローバル化が進むにつれ、日本で生活する外国人の方も増え、ビジネスだけでなく、生活に根付いた日本語の教育が求められるようになってきているのだそうです。こうした、生活者としての外国人に対して、私たちがどう日本語を教え、日常の中でどう接していくのが良いかを考えることは、私たち一般市民にとっても大事なことだと感じました。

関係者の皆様、貴重なお時間をありがとうございました。 また、このような講演会があったら、積極的に参加してみたいと思いました。
( ;ω;)وグッ

映画「パラサイト」を観た

映画「パラサイト」を観た青年
映画「パラサイト」を観た青年

今更ですが、映画「パラサイト」を観ました。観終わった後、何だかよくわからない切ない気持ちになりました。

第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編 - YouTube


大人になるにつれ、真面目なことばかりを考えてしまって、ときどき息苦しくなることがあります。

自分はアホなことを考えるのが好きだ。いつまでもその気持ちを忘れないでいたい。そう思いながらこの4コマを描きました。

あちこちオードリーのキングコング回を見て元気が出た

たまにはお笑いでも見てみようかなと思い、TVerで「あちこちオードリー」を視聴しました。

 

ゲストには、キングコング(西野さんと梶原さんのお笑いコンビ)が出ていました。私が知らない間に、西野さんは、世界のNISHINOになっていたみたいです。西野さん作の「えんとつ町のプペル」という作品が、海外の映画祭で良い評価を受けているそうです。

 

西野さんのように、夜空に浮かぶきれいな星を見上げて高みを追い求めている人のことを、「プペってる」と言うそうです。私もちょっとだけプペってみたいなと思いました。

 

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Let's ポジティブシンキング。